吾妻の民話その@

 
   

 

道陸神(どうろくじん)峠の狐

 むかしむかし、岩島と川原湯温泉の境にある道陸神峠に、たちの悪い狐が巣くっていたそうだ。

 この峠は草津街道にあり、寂しい所だ。

 追い剥ぎや、人殺しの話もある怖いところである。

(私の祖母は、「横壁の誰それは、岩島からもらった嫁が里で子を産んだからと言うんで、夜中に峠を越えて嫁御のうちぇいった。峠で何かグンニャリ踏んずけたと思った。帰ぇりに通ってみると人が殺されていた。夕べ踏んだのはその死体じゃったとぉ〜」そんな話をしてくれた。)

 おまけに足下を流れる渓谷は、関東耶馬渓とよばれ切り立った崖になっている。

 難所中の難所である。(現在でもかなりの難所ですが。)

 峠の下に横谷という村がある。

 この村の若い衆で 九助という名の男は元気者で有名だった。

六尺男(1メートル80センチ)と言われる九助は体格も良く知恵もあり、本人によれば男前でもあった。

ある時旅の薬売りがボロボロの着物で、帯を引きずりながら峠から下りてきた。

                    

 
薬売りの懺悔  

川原湯温泉の宿を発って峠にさしかかると、前を歩いていた娘がうずくまったまま動かない。

「もし どうしました。」

「なんだかお腹が苦しいんです。それに寒気もするんです。」

「私はいろいろな薬も持っているし、医術も多少は心得がある。どれ、、、」

すると娘は、そこじゃあない こっち あっち と言いながら薬屋の手を取って妙な声を上げる。

「ここじゃぁ寒い、この先にお稲荷様の祠があるからそこで休みたい。」

「じゃあ私の肩につかまりなさい。」

と言うことで、祠に入って行くと暗いがしかし暖かい。

祠の中でまた、あっちぃ こっちぃ とやっていると娘の吐く息は熱くなって行く。

薬売りはもうすっかり事情をわかってきて、娘の言うままさすったり、おしたり。

「ここのところへ、ユ ビ ヲ、、、。」

と言うので、人差し指をたてて

「ア ァ」と絶句。

薬売りは、一瞬にしてすべてが解ってその身が凍り付いた。

狐にだまされ、熊の穴に入り込み、熊の目に指を突っ込んだのである。

 
  九助の狐退治

                 


薬売りの懺悔を聴いて九助は、「よ〜し!」って言うことで一人川原湯温泉に向かった。

横谷村を離れて、路は細く曲がりながら峠へあがって行く。

遙か先の茂みで下草が揺れている。

足を止めて木の傍らからじっと目を凝らすと、切り通しの土手の上から狐が一匹、路へ飛び降りた。

狐はあたりを窺うと、峠の方へ歩き出した。

そして道脇の木の葉をクンクン嗅いでホウの木の葉を咬えるとデングリ返しをした。

!!すると、どうだい!ちょっと派手目な、いい女になっちまった。

そうして草履のつま先をたてて、歩き出した。

道に落ちていた牛の糞を拾うと木の葉に包み背中に背負うと、唐草の風呂敷包みになった。

曲がり道で見失っちゃいけないと、九助は小走りに追いかけた。

「あれどこへ行きやがった。」

と、九助が思っていると脇の道から女が現れた。

「あら、だれか探しているの?」

と、女の方から声を掛けてきやがった。

ギク!っとなったが九助は、いやなに、、、ととぼけた。

「あたし川原湯まで行きたいんだけど、こんな山道だし狐がでるって言うし、怖いから誰か一緒に

 行ってくれる人を待っていたのよ。」

ナニ言ってやがる!てめーが狐じゃねーか、と思ったが九助はこらえて、

「おれも川原湯へいって湯に浸かろうかと思って、出てきたんだ。」

「あら嬉しいこんな逞しいオニイサンと一緒に旅が出来るなんて、安心だわ〜!」

女は九助の腕にすがるようにして、険しい道陸神峠を越えて川原湯温泉の宿屋まできた。

山◯☆と言う宿に投宿する事になった。

部屋は二つとったが、女はすぐに自分の部屋を引き払い、九助の部屋へおしかけてきた。

だって寂しいんだもの、、、といって、お茶を入れ、風呂敷包みを開いた。

「げぇ!牛糞」と思ったが、これがいつの間にか美味そうなぼた餅。

「おれはいいや。」と遠慮すると女は、一人でみんなたいらげてしまた。

腹くちくなったらしく、九助に寄りかかり寝息を立て始めた。

 


あきれた九助は、女に化けた狐の顔をのぞき込んだがしかし、

「見れば見るほどいい女だなぁ。いけねぇ いけねぇ」と女の頭を膝からのけて、湯に行くことにした。

川原湯の温泉は宿屋からはずいぶんと下の方にあり、階段を幾つも曲がりながら下りて行く。

キリッとするほどの熱い湯にしばらく浸かり、身体がすっかり赤くなるほどに温まって、

「さて、垢をこするとするか。」

洗い場に上がろうとすると、湯気に霞んだ向こうに女がいる。

九助を見つけて腿から下を湯に浸けたままこちらへ来る。

「お背なをながしましょう・・・」九助の手を取って一緒に湯から上がると糠袋で背中を擦り始めた。

きもちがいい!!のだ。じつに気持ちがよい。背中から腰。胸から・・・・・・。

風呂の中は暗くてふたりの他にだれもいない。

しかしこのままでは、狐に化かされてしまう!

そう 気が付いて九助は女が持っている糠袋をひったくるようにしてこう言った。

「さっ ねえさん!今度はおいらが流してやるよ。」

「あらそうぉ。優しく流してねぇ・・ん」女はそう言うと九助に桃色に染まった背中を向けた。

(けぇ 何がやさしくしてねだあ!尻尾を出しやがれ!)心の中で叫んで糠袋にありったけの力を込め

女の背中を擦り始めた。

「これでもか!これでもか!」

「ああらぁ〜きもちいいわぁ〜・・・・。」

これでもかと擦っているうちに糠袋はたちまち穴があいてしまった。

湯殿の隅にあった軽石を拾って

「これでもか! これでもか!」

女は「ああぁ〜いいきもちぃ〜。」と、尻尾をなかなか出さない。

九助はもう汗だくである。

風呂の中に新しい客が入って来る気配がした。

「おんめぇ。九助じゃねぇか、なにぃしてる?」

「おお いいとけぇきた。今狐の尻尾をつかむべぇと思ってこらしめてるとこじゃ。」

「おいおい おめぇ はぁ だまされてるどぉ!!」

気が付いてみると九助は、吾妻川の河原で素っ裸になって、大岩を擦っていた。

あんまり熱心に擦っていたもんだから、爪がはがれ指からは血が出ていた。

猛烈に寒い。

あたりはすっかり夜が明けて、昨夜からの初雪で真っ白だった。

 
   

 

                そのAへどうぞ